【会津若松】新選組三番組隊長、斎藤一が眠る「阿弥陀寺」

新選組と会津藩旗

会津若松市のオシャレスポット七日町(なぬかまち)にある阿弥陀寺へ行ってきました。こじんまりしたお寺ではありますが、歴史好きにはたまらない見所が満載です。

場所は七日町駅のすぐ目の前。

七日町駅

まちなか周遊バス「ハイカラさん」「あかべぇ」も七日町駅前で停まるので、アクセスがとてもよく、七日町散策コースにも盛り込める歴史スポットです。

阿弥陀寺入り口

阿弥陀寺の入り口には寺名が彫られた柱と、会津東軍墓地と彫られた柱が立っています。

戊辰戦争後、戦死した会津藩士は埋葬されることを新政府に禁止され、放置されたままだったそうです。その後、何度もの嘆願でこの阿弥陀寺に埋葬することが許されたため、このように門柱に記されているのでしょう。

鐘楼

入ってすぐ目に飛び来んでくるのは大きな鐘楼です。

斎藤一の墓説明書き

続いて、会津藩士と共に最後まで会津のために戦った、新選組三番組長斎藤一のお墓です。

会津敗北後、名前を藤田五郎と替え警視庁で働き、72歳で往生を遂げました。彼は、自分の死後は会津の地に埋葬してほしいと望んでいたため、ここ阿弥陀寺に埋葬されました。

斎藤一の墓

きれいに掃き清められ、お花もお供えされていてお墓参りに来る人が絶えないようです。

墓誌

お墓の横の墓誌には、藤田五郎の名前と共に奥さんの時尾さんの名前も彫られており、ここに夫婦で眠っていることがわかります。

鶴ヶ城内に唯一現存する御三階

御三階全景

御三階は、阿弥陀寺に移築されていたため、戊辰戦争の戦火を逃れることができた建物です。

名前の通り3階建て通りと思いきや、外側からわからないように中にもう1階作られ、4階建てになっていて、ここで密談など、外に聞かれてはいけない話をしたと言われています。

御三階正面

阿弥陀寺の1階部分です。この日は阿弥陀寺で、14回目の斎藤一の法要も行われており、御三階の前にテントが設営され全景が見えなかったのが残念。

新選組と会津藩旗

ですが、会津の旗と新選組の誠の旗、ダンダラ羽織を着た関係者の姿を見ることができ、一瞬戊辰戦争時代にタイムスリップしたような気分になれました。

さらに、驚くことに、法要に新選組隊士の子孫の方々がご招待されていたようで、席にはお名前が書かれていました。そうそうたるメンバーです!

来賓席

局長近藤勇、副長土方歳三、三番組長斎藤一のご子孫の方々です。

戊辰戦争から来年で150年。脈々とその血統を受け継いで来た方々が、同じ場所に150年の時を経て集まるなんて、そしてその場所に自分も居合わせることができるなんて、なかなかない経験です。

東軍墓地

法要では剣の演武なども奉納されるようですが、時間がないのでこの辺で阿弥陀寺を後にしますが、最後に見たのが「東軍墓地」です。

数段高くなっている箇所が墓地なのですが、この下に戊辰戦争で亡くなった会津藩士のが遺骸が埋められているそうです。その数ざっと1200名以上。人数が多すぎて、掘った穴では足りず、高く盛り上げるしかなかったため、このような数段高い作りになったそうです。

さっと見てしまえば5分で終わってしまうほどのこじんまりしたお寺ですが、1つ1つに歴史が刻まれており、とても感慨深いものがありました。歴史好きな方はもちろん、七日町散策のが合間にちらっとでも歴史に触れていただきたいスポットです。

旅データ

アオイ

「え?なんでそんなところ行くの?」と言われるような隠れスポットを求めて、ひとり旅をしています。好きな時に好きな所へいける楽しいひとり旅のお手伝いを、歴史・廃墟・マイナースポット・お酒好き目線でお届けします!

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